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第42話  球技大会にエントリー    progress by MIKI



 ごく頻繁にケンカをする俺と赤井が始末書を書かされた翌日。
 午後の授業も終わって教室を出ようとした頃に彼女はやってきた。

「へい、ひま人諸君。帰るの少し待ったァ!」

 すでに開いているドアから豪快に飛び込んできた外見二十代中盤の女性。
 年齢だけで考えても生徒でないのは確実だろう。
 服装もスーツといえばスーツだが、シャツのボタンはずいぶん開いているし、足元はビーサンときてる。
 よく言えばラフ、悪く言えばだらしのない姿だ。

 こんななりで先生が勤まるんだから、うちの学校って素敵だ。

「どうしたんですか、先生?」
 クラスの誰もが頭に抱いた疑問を、その場にいた一人の男子生徒が口にした。
「いやァ、昨日のホームルームで決めなきゃいけなかったことを決め忘れててさァ」
 そう言うと先生は「てへっ」といわんばかりの表情をし、手を頭にあてた。

 この先生の名前は永沢 沙耶(ながさわ さや)つって、うちら2Fの担任だ。
 まぁ、沙耶っちが連絡ミスするのはいつものことだからいいとして。
 問題はその内容だ。
 4月も終わりかけたこの時期、クラスで決めなきゃならないことというと、だいたい予想はできるけど。

「てことで、みんな想像はついてると思うけど、球技大会のエントリーシートに名前記入して」

 そう言って沙耶っちは一枚の紙切れを教卓の上に広げた。
 それが当然エントリーシートで、そこには競技種目名と、参加者を書き込む表が書かれている。
 これに記入しないと、うちら2Fは球技大会に参加できなくなるわけだ。
 そんなことを許さないのがうちのクラス。
 既に半数近い生徒が出ていった教室で、臨時のホームルームが始まった。

 エントリーシートを見た奴の話しでは、種目の数は9。
 サッカー、バスケ、テニス、バレー、バドミントン、卓球、ドッジボール、ボーリング、そして謎球とかいう謎の競技。
 俺たちはこの中から1つ以上、参加種目を決めなきゃならない。
 一応昨日のホームルームで決めたはいたものの、エントリーシートがなかったから保留に近い形になってたわけだ。

「で、何に参加する?」

 そして、昨日遊び半分に決めた競技なんかすでに覚えていないのがうちのクラス。
 素敵なクラスだろ?

 ま、そんなわけで、俺は自分の前の席に座る隼人に話し掛けた。
 俺と隼人の手もとにはエントリーシートが一枚。
 つまりクラス中が俺たちに「競技を決めろ」と催促してるわけだ。
「うーん、そうだなァ……」
 隼人はエントリーシートに目を走らせながら、悩み多き返答を返してきた。

 バスケかサッカーが一番だけど、ドッジボールやボーリングも捨てがたい。
 楽しめりゃなんでもいいけど、やるからには勝ちたいしな。

「あー、あとミキとマサトは謎球で決定だから」
「……はい?」
 隼人と参加競技について悩んでいると、突然わけのわからん沙耶っちの言葉が聞こえてきた。
「もうエントリーシートに書いちゃったし」
 またしても「てへ」顔の沙耶っち。
 なに勝手なことしてくれちゃってんの……。

 だいたい、謎球ってなんやねん。
 名前からじゃ、球技ってことしかわからねェじゃん。
 そんな得体の知れない競技に勝手に参加させんなよ……。
 しかも赤井と一緒とか。
 1競技、最初から捨ててるようなもんじゃねェか。

 つうか昨日俺のパートナーは沙耶っちだって言ってなかったか?
 やっぱあれか。先生は参加できねェよな。

 当然沙耶っちに駆け寄って多少の抗議はしたが、まったく持って受け入れてもらえず、
 俺はしぶしぶ自分の席に戻った。


「わりィ、ハヤト」
 ホントは隼人と一緒にエントリーするつもりだったってのに。
「なんかの陰謀でエントリー決まっちった」
「うん。同じく」
 ……はい?
 隼人のこの返答は予想外だった。
 見ると隼人の周りには亜美と由紀が。

「ハヤトくんはアタシと一緒にテニスに出てくれるって」
 隼人にかぶさりながら俺の疑問に答えたのは由紀だ。
「なんでハヤトとユキなんだよ。アミは?」
「アミはテニスやだって」
 少しふてくされた感じで答える由紀。
 3人で亜美の顔を見ると、亜美は自分の言い分を口にした。

「だってテニスじゃ足引っ張るだけだもん」
「さっきからこればっかりなんだよ!?」

 亜美の気の引けた言い訳にご立腹の由紀。
 こら亜美がことわるのも、由紀が怒るのも仕方ないな。
 勝ち負けを一切気にしなくていいような、そんな生ぬるいイベントじゃないからな。
 うちの学校はこういう行事にやたらと力を入れていて、とにかく優勝賞品が凄まじい。
 去年の球技大会の賞品は確か、クラス全員での海外旅行(授業サボり可)だった気がする。

 やるからには優勝、参加するするからには賞品をしっかりもらわにゃ。
 そう考えると、苦手だって言ってる亜美にテニスをやらせるのは間違ってるのかもな。

「まぁ、ユキにはハヤトが付き合うってんだからそれで我慢しろよ」
「うん、全然いいんだ。アタシ、ハヤトくん大好きだし」
 亜美に対してふくれていた由紀だったが、そう言った途端に明るさを取り戻した。
 そして由紀に顔を後ろから近付けられて身を丸くする隼人。

 隼人のやつは由紀のことが好きだからな。
 由紀の必要以上のボディタッチは、嬉しいのと恥ずかしいのとで複雑な気分なんだろう。
 隼人が勇気出して告ったら、由紀はOKすると思うけどなァ。


「伊藤さん、あんたは何に出たいの?」

 俺たちから奪い取られ、気がつけば沙耶っちと数人のクラスメイトで囲まれたエントリーシート。
 俺みたいに強制されるヤツ、由紀や隼人みたいに立候補するヤツ。
 この場にいるクラスメイトの中で参加する競技が決まっていないのは、いつの間にか亜美だけになっていた。

「できればバドミントンのシングルスが良いです」
 亜美は中学の時にバドミントン部に入ってたって話しだ。
 亜美に直接聞いたわけじゃないけど、確か何かの大会でいいとこまでいったらしい。
「オッケー、バドのシングルね。任せるから勝ちなさいよ」
「はぁ、やれるだけやってみます」
「そんな気合いで優勝できるかー!」
「はぁ……」
 亜美の気の抜けた返事に、気合い十分に喝を入れる沙耶っち。
 そんな勢いに対して、亜美はさらに気の引けた返事を返した。

 亜美のヤツ、沙耶っちに完全に圧されてるな。


「んじゃ、後は適当に埋めて職員室に持ってっといて」
 沙耶っちはそう言うと、そそくさと教室の出口に向かって歩きだした。
 沙耶っちが回収するもんだとばかり思っていた俺たちは驚き、その場にいた何人かが沙耶っちを呼び止めた。
「ちょっ……先生!?どこ行くんスか?」
 その呼び声に沙耶っちは足を止め、振り替えるなり右手で敬礼をしながらこう言った。

「もう5時だもん。勤務時間は終了。これから生活資金の調達に行ってきます!!」
 そう言って、沙耶っちはあっという間に学校内から姿を消した。

 ありゃパチンコだな。
 レースの類はやらないって言ってたから、ほぼ確実だろ。

 あれを見てると教師って仕事を誤解するよ……。




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